千葉ニュータウンの居住地形成のプロセスを概観する。ニュータウンの居住人□は、1970年度末の街びらき以降、急激に増加し、わずか5年で30、2千人を迎え入れ、その後も鉄道新線の開業により、安定的な増加プロセスを辿る。いわば「始動期」と位置づけられる1970年代前半は、住居系土地利用が主体でかつ住宅供給が先導する関発方式により、「初期のベッドタウン化は避けがたく止むを得ない」ものと認識されていた。また、公的機関主体の住宅供給は、東京都心に勤める勤労者への供給を主眼としていたことである。このような特徴から、当時の千葉ニュータウンの居住者像は、働き盛りの勤労者である30代を中心とした核家族であった。