和洋を混然化する土間の再生

2011-12-30

日本の昔の家では床上の暮らしは座るのが主体でしたが、立っての暮らしを主体とする土間がありました。土間は農家にも町屋にもありました。農家の場合は、農作業の場になったり収穫物の保管場として使われたりして、内庭と呼ばれました。また町屋の場合は通り庭と呼ばれていて、家の奥の方にある台所や風呂場、蔵などへの通路になっていました。農家でも町屋でも囲炉裏は床上にありますが、竃は土間と床上の境目とか土間にあるのがふつうでした。

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だから台所作業は土間と床上を結んで行われていたのです。立ち働くには土間の方が便利、水や火を扱うのには床上よりも安全で汚れなども気にならない土間が適切、日本の家にも立式で活動的な生活部分があったのです。今の日本の家にある土間は玄関と勝手口の靴を脱ぐところにだけ、わずかに残るのみです。家に働くための場が不要になったとか、水や火の取り扱いが簡便になって台所が床上に移った、という生活の変化が土間を消滅させてきました。しかし土間的生活までが、床上に上がりすぎているのではないでしょうか。