人間の能力を予測で判断することに対しては異論もあるだろうが、所詮、自動車教習所は警察の交通行政の下請け的な役割があるのだから当然といえば当然であろう。だが、だからと言って、そういう判断を科学的なデータでなくあてずっぽうでしているわけではなく、ちゃんとした根拠によって判断しているのである。実際に教習所のコースを走らせてみれば、この人は将来どういう運転をするのか、どんな性格なのか、後続車が接近しすぎると思うと必要以上に意地の悪い運転を続けるタイプか、あるいは前行車の走り方が気に入らないからといっては、やたらクラクションを鳴らして周りに迷惑をかけるタイプかといったことなどを、ある程度は想像できるのだ。したがって、現在はあくまでも教官との接触が主な判断材料になっているが、将来はシミュレーションなどの機械やメンタルテストのような数値的なデータによって、運転の適性が判断されていく可能性は大いにあると思われる。そういう資料が検定の合否にも影響する時代がかならずやってくるだろう。そういう時代こそ、教習所にとっては逆にふさわしい時代なのかもしれない。なぜなら、機械のぞ止確な判断によって、合格する受講生の数を現在以上に調整することも可能になるからだ。売上げこそ、商売としての教習所経営にとってのすべてだから、こうした機械による検定こそが、教習所にとっての待ち望んだ姿とも言える。そうなると、これから免許を取ろうとする人たちにとって、免許取得までの関門は従来以上に狭くなることが確実だろう。受講生をチェックするために作られたデータにより、不合格になる者が出る可能性も考えられるからだ。